公開日:2016.12.16 / 最終更新日:2018.11.03
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温故知新。伝統があるからこそ、新しさも見極められる。
荒川(中川)と新中川の2本の川が縦に流れる水の街、東京都江戸川区。明治末期に大工として創業した株式会社伊藤工務店は、初代と2代目の大工魂を受け継ぎつつも、新しい技術やクリエイティブな感性、マネジメントの大切さをよく知る現代的な工務店です。そのこだわりや特徴を、3代目にあたる代表取締役の伊藤忠良(いとう・ただよし)氏に聞きました。
100年以上、3代にわたる歴史を持つ老舗工務店
株式会社伊藤工務店の歴史は、今から100年以上さかのぼり、私の祖父、伊藤万蔵が明治時代末期に墨田区で大工として開業したことに端を発します。絵に描いたような昔堅気の職人で、機嫌が悪いと仕事をしないような爺さんでした(笑)。私の父、忠一も大工をしていましたが、20歳になって徴兵され、無事に帰還した後、戦友のつてで現在の江戸川区に開業したのが1953年。当時は「○○大工」のように屋号で仕事をするのが一般的で、「工務店」とさえ名乗ることは少なかった時代です。16年を経て、1969年にやっと法人化の運びとなりました。
この間、1964~65年にニューヨーク世界博覧会が開催されましたが、父が抱えていた大工の一人は、「日本館」を建築するためにわざわざ現地へ呼ばれたほどの腕前の持ち主。完成した約2,388坪の広さの日本館には、日本が世界に誇る技術である新幹線の実物大模型が展示され、日本庭園を持つ和食レストランや、そこで行われる日本伝統のショーが人気を呼んだそうです。
そして1983年、私が家業を継ぎ3代目となるわけですが、それまでには紆余曲折がありました。
大工の凛々しさに憧れたものの、夢は映画監督(笑)
私が小さい頃は自宅に作業場が併設されていて、木の香りに囲まれて大きくなりました。威勢のいい大工たちの声や、カンナ、ノミ、チョウナ、ゲンノウといった昔からの大工道具の音などで、にぎやかで活気あふれる毎日。はんてんにももひき姿の職人たちに、子どもながらに「凛々しくてかっこいいな」と感じていたものです。
高校までは親の希望通り、素直に工業高校の建築科に通った私ですが、実はその頃の夢は映画監督(笑)。大工のせがれが大学に行くなんてとんでもないという時代に、私は生意気にも早稲田大学の法学部に進みました。当時、映画界には法学部出身の人が多かったんですよ。でも、いざ就職となると、やはり厳しい世界。夢破れた私は、知人の紹介で有名不動産会社の面接を受けに行きました。すると、まわりには東大、京大出身のエリートばかり。このままサラリーマンになっても、きっとエリートには勝てない。しかも、自分のせっかくの持ち味も生かされないのではないか……。そう思った私は、やっと我に返ったんです。
設計事務所での修行で「木」の奥深さを実感
実は家業の工務店こそ、私の持ち前のクリエイティブなアイディア、大工風に言うと「ものづくり精神」を生かせる職場。そして大学で学んだことは経営に役立つに違いない、と発想を転換した私は、家業を継ぐことを決意。まずは設計事務所に修行に行くことにしました。そこの社長はもともと材木屋の息子で、芸大出身の芸術家肌。建築よりも木が好きで、5千万や1億円する「銘木」と言われるような木を住宅に使うようなエキセントリックなところがありました(笑)。
その会社で1年ほどお世話になった頃、父が税理士さんに経営面の問題点を指摘されるというトラブルが。考えてみれば、大工一筋でやってきた父に、経営がうまくできるわけがありません。まわりからも「家業を手伝ったほうがいいんじゃないか」と言われ、予定より早かったものの、実家に戻り伊藤工務店の一員に。短い間でしたが、設計事務所で実務を経験でき、何より木のすばらしさ、奥深さを学ぶことができたのは、その後の仕事に大いに役立つものになりました。
「古きを温め新しきを知る」の社風が形成
家業に戻った私は、設計と経営を受け持ちました。今でこそよく見かけますが、昔は工務店で図面が書けるところは非常に珍しかったんですよ。当時は今のように立体図ではなく平面図で、もちろん全部手書きでした。経営に関しては、自分なりに近代経営をしようと考えて、さまざまなアイディアを実践しましたね。
私が家業を継いでから、確かに会社は成長したと言えますが、もっと成長してもよかった(笑)。とはいえ、私の強みは、昔の工業高校時代の友人たちが高卒で一流ゼネコン会社に入っていたこと。今は大卒じゃないと採用試験さえ受けられませんが、当時は工業高校からゼネコンに就職するというのが王道でした。その友人たちが、私が大学に行って修行に出ている間にゼネコンで着々と経験を積み、ある程度の権限を持つようになっていて、当社に施工を依頼してくれるようになったんです。
新しい建築の技術や情報は第一線のゼネコンから仕入れられ、あのニューヨーク世界博覧会で腕をふるった大工をはじめとする初代からの職人がまだ残っていたので、昔からの技も健在。まさに温故知新、伝統を重んじながら常に新しいことを取り入れる柔軟性を持ち合わせた社風が形成されていきました。こうして着々と実績を重ね、初代から手がけた建物は優に1,000棟を超えるのではないかと推測されます。
多様な人と家に応える、伝統に基づく対応力
江戸川区は東京23区中で、一人の女性が生涯に産む子どもの数がもっとも多い地域。子どもや若者が多い一方で、老人クラブの会員数も23区中で一番多く、シニア層も元気な区だと言えます。昔ながらの下町風情の街並みがあれば、都心への交通の便のよさから一流企業に勤めるハイクラスの家族も住む街。人も家も多様だからこそ、工務店には幅広い対応力が求められるんです。
当社の持ち味は、昔からの技と新しいことへの柔軟性。案件は木造住宅が圧倒的に多いものの、コンクリートを用いた現代建築やデザイナーズ住宅、匠の技を必要とする寺院建築や本格的な茶室まで手がける対応力を誇ります。木造と鉄筋じゃ構造が全然違いますからね、伝統に裏打ちされた自信がないと「何でもできます」とは言えませんよ(笑)!
腕はもちろん、数も自慢の専属大工たち
現在の当社のスタッフ構成は、社員が現場監督4名をはじめとする8名。当社が培ってきたノウハウを身につけた、腕のよさはお墨つきの専属大工が13名、そのほかに信頼のおける提携大工が10名。大工の数が多いので仕事量のキャパシティーが大きく、同じ時期に4、5件同時進行することが可能です。設計事務所から入ってくる案件がほとんどですが、建築家の要望で、すまいの建具を自社の作業場でつくることがあるんですよ。これも、大工に高度な技術があってこそ。今の工務店では珍しいかもしれません。
お客様は、設計事務所よりも職人の言うことを信用する傾向にあります。上の人になるほど、「儲け」のことを第一に考えているように見えるみたいで(笑)。そのせいもあって、時には大工や現場監督が、直接お客様に専門的なアドバイスをするために、設計事務所に呼ばれて行くこともあるんですよ。たとえば、40代でオフィスを兼ねたデザイナーズ住宅を建てようとしている施主に、60歳、70歳になった時のことを考えてもらう。長く住める住宅とは?、財産的な価値とは?……といった住まい手側に立ったアドバイスは、設計事務所にはなかなかできないことでしょう。
優秀な片腕を得てマネジメント力がアップ
もうひとつ、当社が特徴とするのが、マネジメント力。うちの雨宮専務は私の妹の旦那なんですが、まったく違う仕事していた彼に、「高いところ大丈夫か?」と聞いて引き抜いたのが私です(笑)。雨宮専務は立教大学の経済学部出身。管理の基本であるマーケティングを学んだ人です。現場に立っていた人間が管理職になることが多い建築業界で、現場経験がなく管理を学んだ人を管理職に据えるというのは、当社ならではの近代経営だといえるでしょうか(笑)。
ものづくり寄りの私には自己中心的なところがありますが、雨宮専務は人を心から信頼するから、人がついてくる。ちょっと甘すぎるかな?と思うこともありますが、その甘さがスタッフにとっては頑張る力になっているんですね。イチローは職人としてはピカイチですが、その特性をうまく伸ばすいい監督がいないとダメ。マネジメントが重要なんです。雨宮専務という優秀な片腕を得て、当社の可能性が広がりました。
現場監督をはじめ、スタッフにも恵まれて
雨宮専務の管理能力は、リーダーである池田課長をはじめとする現場監督たちにも浸透しています。当社は東京ガスのリフォーム工事では東京でトップクラスの実績を誇りますが、その秘密は現場監督がしっかり勉強していて、プランニングができることにほかなりません。大工だけの工務店だったらこうはいかないでしょう。お陰様で設計事務所以外にも仕事の窓口が広がっています。
管理職が優秀なせいか、当社はスタッフ同士の関係が円満で離職する人が少ないのがいいところ。まじめで控えめで、お客様にもねばり強くていねいに接する人ばかりですね。当社のことよりもお客様や設計事務所を大切にする傾向があるのはちょっと問題ですが(笑)。
大工が希少価値な存在になりつつある時代。腕のいい大工や現場監督を育てていって、これまでの100年間の伝統をずっと先まで守り続けたいですね。また、100年先を見据えた新しい技術も、どんどん取り入れていきたいと考えています。当社の若いスタッフたちがこの社風を受け継いで、伊藤工務店を盛り上げていってくれることでしょう。
HOUSEBASE 代表取締役 植村将志
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